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認知症に対する正しい理解について

2021.10.12

未指定
皆様こんにちは。
本日は、高齢者精神科専門医として戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長 上田論先生の著書である「認知症そのままでいい」(ちくま新書)を再編集したコラムを「認知症の正しい理解について」というテーマに変えてお話します。
「認知症について正しい理解を」を合言葉に、各地では医療職向けにも啓発活動が行われているそうです。
しかし、上田先生は日々の「認知症」の診察を通して、「認知症」に対して表面的な「早期発見」、「早期介入」になってしまい、本当に理解しているかどうかは疑問であると警鐘を鳴らしています。
高齢者が普段と違う混乱した言動をとるやいなや、医師や看護師たちは、すぐさま「認知症」だと思い込み、「認知症の早期発見」には繋がっていないのが現状のようです。
これは、早計な誤った判断が全く無関係な病気の誤診に繋がる可能性を意味しています。
根治治療のない認知症は「最終診断」となる訳ですから、「認知症」の対応以前に適切な理解に基づいた「認知症」の診断を慎重に行わなくてはならないとうことです。
具体的に認知症と誤診した2つのケースにつきましてご紹介します。
ある80歳代の女性が、「かかりつけ医」から「認知症」として紹介されました。
同居者である娘さんによると、普通に会話ができたのに、突然、数日前より言葉は一言二言話せるだけで、ほとんどできなくなったということです。
さらに、トイレ以外の場所で排泄してしまうようになったということで、かかりつけ医に相談した所、「認知症」と診断され、専門医への受診を勧められたのが経緯だそうです。
話を一通り聞く中で、この女性には「肝臓病」を患っていることから、「認知症」ではなく、身体的な問題だと判断し、検査する必要も避け、すぐさま総合病院の消化器内科へ紹介状を書き、渡したそうです。
「認知症」で、会話ができなくなったり、場所をわきまえない排泄が始まったりする症状が出た場合、少なくとも7~10年以上の期間を要するそうで、少しずつゆっくりと症状が現れるのが特徴なのだそうです。
この女性は、紹介状を受け取ったその日に総合病院を受診した所、消化器内科に即日入院となったようです。
「認知症」ではなく肝臓病が脳に影響を及ぼす「肝性脳症」という結果だったそうです。
突然、重度の認知障害、排泄障害という症状が現れたら、持病の「肝臓病」の悪化を疑うべきなのだそうです。
この女性の普段の状態を把握しているはずの「かかりつけ医」は、明らかに異常なそれらの症状から、専門外の「認知症」と思い込んだのだと思われますが、まずは持病の「肝臓病」の悪化を疑うべきだったとしています。
もう一つのケースを紹介します。
家族と受診した70歳代の男性は、1年前より「体のだるさ」を感じ、1か月前より「食欲の著しい低下」が見られたと自ら話しておりました。
家族によりますと、1週間前、いきなり床から起き上がれず、呼びかけにも反応が鈍くなったため、救急車にて内科に搬送され、点滴治療を受けたそうです。
入院中、医師の言ったことをすぐ忘れたり、日付を間違えることが、しばしばあったため、「認知症」と診断され、精神科の病院へ行くように言われ、当院に搬送されました。
「認知症」は体のだるさで発症したり、初期に食欲が落ちることもなく、1年で起き上がれなくなることもないということから、これら症状の原因が身体的な疾患以外には考えにくいと判断したそうです。
しかし、この内科医は、入院中に指示や説明したことをすぐ忘れたり、日付を忘れたりの「記憶障害」や「見当識障害」が認められたことから「認知症」と診断、精神科医院への受診を勧めたということらしい。
この患者さんの血液検査から、甲状腺の機能を調べたところ、甲状腺ホルモン値の低下が認められたため、これらの症状の原因は「甲状腺機能低下症」判断しました。
そのため、大学病院の内分泌科へ紹介し、ホルモン補充療法を行い、この男性の症状は回復が見られたそうです。
このケースで問題となっていた「倦怠感」、「食欲不振」、「反応の鈍化」など、ほとんどの症状が身体的な症状であり、「記憶の低下」や「日付けの間違い」があるというだけで「認知症」と判断してしまうのは危険です。
紹介しました2つのケースでは、行政機関やメディアによる「認知症の早期発見」に対する啓発活動がきっかけで、「かかりつけ医」などが適正な判断もままならない状況で、認知症専門病院へ紹介した可能性があると思われます。
「認知症」が社会的問題となり、「早期発見」「早期治療」が掲げられるようになってから、このように医師や看護師たちが入院中の患者さんの「混乱した言動」に対して、すぐさま「認知症」だと考え違いしてしまうケースが増えているそうです。
高齢者が身体的不調をきたしたら、「認知症」の患者さんでなくても、誰でも「集中力」や「記憶力」の低下が生じ、「勘違い」や「日付け間違い」が起こることは当然だと考えられます。
さらに、「気分」も落ち込みやすくなり、「食欲」、「睡眠」の低下が生じるのも無理もないことだと考えられます。
身体的症状が復調すれば、精神的にも元気になり、当然、「思考力」や「記憶力」も回復するというものです。
入院は、身体的な不調を抱えている上、全く新しい環境の中で寝起きする訳ですから、「場所」や「日付」の勘違いなど誰でもありがちで、「認知機能」の低下も想定内であります。
外来や入院問わず、病を抱えた高齢の患者さんの「特別な状況」を考えれば、「記憶」「判断」の見当違いは当然であると認識しておくべきということになります。
得てして「かかりつけ医」よりも、日常的に高齢者と接しているご家族の方が正しい判断ができる場合もあります。
現にこの2つのケースのご家族は、医師から「認知症」だと言われたものの、半信半疑のまま、仕方なく上田先生の精神科外来に来院したそうです。
このように「認知症」の「早期発見」の啓発活動が、医療の現場に良くない影響を及ぼしており、深刻な問題となっている。
総合病院では、身体科病棟で生じた精神科的な問題に対して、精神科医が対処する「リエゾン診療」が増加傾向にあるそうです。
「リエゾン」とは、「連携」とか「橋渡し」という意味で、「身体科」と「精神科」の連携ということになります。
しかし、各科病棟からの依頼件数に対して「リエゾン治療」担当医が不足しているというのが現状で、連携活動はまだ不十分だそうです。
また、高齢者に限って言えば、安静が守れず行動が落ち着かない、何度も大きな声を上げたり、訴えが強くて、繰り返すなどの言動に対して、それらの原因が「認知症」と捉えられることも多く、精神科医は鎮静剤の投与が主な対応になっています。
がん手術後で全身状態悪化のため公立総合病院の内科病棟に入院したが、夜間不眠で、時々ベッドサイドでウロウロ歩き回ったり、腕を振り回しては、静脈注射のための点滴用針や管を自身で撤去しまうこともあったという80歳代後半の男性のケースを紹介します。
看護師に苦しさを訴えたため、担当した内科医は鎮痛剤を投与したそうです。
この男性は時々、服用した・しないの勘違いや、日常的な物忘れもあったということですが、看護師を見分けては、態度を変えている様子だったようです。
この男性患者に対し、投与された鎮痛剤の効果は見られなかったようです。
「夜間不穏」「点滴自己抜去」「せん妄」の可能性と、日中における「記憶障害」から「認知症」の疑いという判断だったことから、形で「リエゾン治療」を担当する精神科医が内科診療に協力する体制となったようです。
「リエゾン診療医」であるこの精神科医は鎮静、鎮静のため抗精神病薬の点滴を行い、一時は眠るようになったようです。
その後、日中でも「何とかしてくれ」と大声で訴えたり、食事もごく少量しか摂取できないということでした。この食事摂取不良に対し胃の内視鏡検査も検討されたようですが、高齢のため見送られたそうです。
日中も鎮静のため抗精神薬の点滴が開始され患者の「不穏」は消失したようですが、ベッドに寝ているだけの生活になり、食事も全く摂れなくなったということです。
高齢で、これ以上の治療の見込みがなくなり、療養型病院へ転院という結果になったようです。
この男性の「不穏」は、「認知症」ではなかった可能性があり、夜間中心に起こる「せん妄」の可能性も低いと考えられます。
全身的な「苦悶感」、昼夜の「イライラ」、「焦燥感」、「食欲低下」などから、「高齢者うつ病」可能性が否定できないそうです。
上田先生によりますと高齢患者が急増している昨今、総合病院では似たようなケースが日常的に起こっているそうです。
「うつ病」であれば、鎮静のための「抗精神病薬」の処方ではなく、「抗うつ薬」という選択になります。
「うつ病」は治せる病気ですから、症状の改善が期待できる訳で、元気で自宅に戻れる可能性があり、転院はないということになります。
この男性を担当した「リエゾン診療医」、「看護師」は、高齢者の「不穏」に対して、「せん妄」か「認知症」だという思い込みなのか、業務量から余裕がなかったのか、何故「うつ病」を視野に入れた対処をしなかったのか疑問が残ります。
「高齢者うつ病」でも「焦燥感」や「身体的苦悶」から、居ても立っても居られない状態や多動になるタイプがあるそうで、他人との接触が少なくなる夜間に増強する傾向があり、「せん妄」と紛らわしいケースもあるようです。
可逆性の「記憶障害」「見当識障害」であれば、治せる「認知症症状」もありますので、これを「認知症」と間違えてはならないということです。

本日は、高齢者精神科専門医であります上田先生のお話をしました。大変興味深い内容でした。「認知症」なのか「他の疾患」なのか?適切な判断が、その後の患者さんの症状の改善に直結することが理解できました。そのためには、「認知症」に対する正しい認識が重要だということになります。「認知症」に限らず医療従事者としての在り方を問いかけられたような気がします。