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中国の覇権への躓き

2020.08.31

未指定
中国による「香港国家安全維持法」制定を受けて、一歩踏み込んだ香港支援を行う台湾の蔡英文政権ですが、その背景には中国・香港・台湾を取り巻く国際環境の変化があるようです。本日は法政大学法学部国際政治学教授 福田 円先生による「中国の派覇権への躓き」というテーマでお話します。

6月30日「香港国家安全維持法」が施行されましたが、中国政府は香港に対し治安維持期間を新設しましたが、国家安全に関わる取り締まりができる「一国二制度」という法律が制定されましたが、本来の意味が欠如した形ばかりのものとなったようです。
「香港国家安全維持法」の立法を受け、台湾の蔡英文政権は「香港人道支援プロジェクト」を決定し、香港からの移民や投資の受け入れを担う「香港サービス交流事務所」を7月1日に開設したようです。内政部移民署によると香港から台湾への移住者数は1997年の香港返還前後に年間1600人程度まで増加した後、年間500人前後を推移していたようですが、2015年頃から再び増加し、ニュースでも報道された逃亡犯条例改正反対デモが続いた昨年には1667人まで増加し、居留許可数も近年では急増し、昨年は前年度の約4割増に相当する5858人となったようです。これを受けた台湾では、香港との関係において「香港マカオ関係条例」には「政治的理由により自由や安全が脅かされた場合、香港・マカオ市民には必要な援助をする」という規定する条文があるものの、香港からの移住者の主な目的は経済活動や投資であり、政治的な理由に対する保証が認められてなかったことから、政治難民を受け入れる難民法を制定すべきだという議論が高まったようですが、蔡英文政権は中国を刺激する可能性が懸念される上、台湾の安全を考慮したため、既存の法律の範囲内で対応する方針を採ってきたようです。今回も立法は行わず「香港サービス交流事務所」においては、中国、香港、マカオに対する政策を統括する行政院大陸委員会の下にあった「香港・台湾経済文化協力促進会」を改組するというもので、「香港人道支援プロジェクト」の主旨は香港の資本や高度人材を積極的に受け入れ、活用することにあるとされているようですが、この「香港人道支援プロジェクト」を決定するにあたっては、蔡英文総統は自由や安全が脅かされた香港の人々への人道的援助を強調し、実質的な支援を与えるものであるとしたようです。
さらに行政院大陸委員会が発布した説明資料にも、政治運動家などについても個別に対応するということが明記されていることから、
蔡英文政権の対応は昨年までの対応と比べて一歩踏み込んだものであることから、台湾と香港の市民社会の連帯感は強まっていることは事実と言えそうです。鄧小平政権以来、中国共産党は香港に導入した「一国二制度」を「平和統一」後の台湾にも適用する構想を持ち、台湾に対するショーウインドウ的な役割を香港に期待したものの、台湾で「一国二制度」は一貫して不人気で、既に中国に返還された香港に対して台湾の人たちは冷淡なものであったようです。ところが、香港と台湾の社会において、2008年頃から「中国の影響力の高まり」という共通の認識を芽生えさせた上、2014年の「ひまわり学生運動」と「雨笠革命」は、特に若年層を中心とした市民の連帯感が強まるきっかけとなったようです。それ以来、台湾市民は「今日の香港は明日の台湾」という危機感を持って香港情勢を注視する一方、香港市民は「今日の台湾は明日の香港」という希望を持ち、自由や民主を守ろうとしてきたようです。
昨年1月に習近平が「一国二制度の台湾版」を掲げたこともあり、台湾市民は香港における逃亡犯条例改正に危機意識を持ち、香港に声援を送り続けた。蔡英文はこのような状況を鑑みて「一国二制度」を拒否し、「自由と民主の防衛」に取り組むという検討課題を掲げたことにより、2020年の総統選挙では快勝を遂げた。そのため、蔡英文・民主党の選挙集会や当選演説の会場では、「台湾頑張れ」とともに、「香港頑張れ」という声援が自然と沸き上がっていたそうです。こうして誕生した第二期蔡英文政権のスタートとほぼ同時期に、中国では「香港国家安全法制定」が決定され、翌日の台湾主要紙には「一国二制度を引き裂く」「一国一制度」「閃光弾」といった見出しがが並び、台湾国民にとって大きな衝撃となったようですが、蔡英文政権がしかるべき対応を見せなければ、有権者からの期待を裏切り、失望と批判を招く結果になっていたはずである。
もう一つには新型コロナウイルスの流行によって生じた中国と台湾を取り巻く国際環境の変化というのが考えられるようです。台湾は素早い初期対応とSARS流行時の経験を生かした防疫政策で感染拡大を見事に抑制しました。7月4日現在、衛星福利部疫病管制署によると台湾における累計感染者数は449人、死者は7人と東アジアの中でもとりわけ少なく、国際的にも高い評価を得ているのは周知のとおりです。一方、中国の新型コロナへの対応は、情報公開に対する消極姿勢、世界保健機関(WHO)との関係、自国を正当化するための対外宣伝などが相まって、国際社会、特に先進民主主義諸国の対中評価を大きく損なった結果になった上、周辺地域での挑発的な行動も関係諸国の警戒を招いている。そして「香港国家安全維持法」の立法は中国と先進民主主義諸国の溝を決定的にしたとされています。台湾については中国の主張する「一つの中国」という原則により、台湾がWHOから排除されていることが争点化し、5月のWHO年次総(WHA)において、米国、日本、カナダ、イギリス、フランス、ドイツ、オーストラリア、ニュージーランドが台湾の参加をWHOへ要請し、総会での「継続審議」に持ち込んだようです。台湾はWHAに参加できなかったものの、先進民主主義諸国から明示的な指示を得たという経緯から生まれた自信が、蔡英文政権の香港に対する支援表明を後押ししているようにも考えられるようです。このように自信を得た台湾に対し、中国は「感染症に乗じて独立を図っている」と批判し、軍事的牽制を中心とする圧力を強化しているようで、中国軍機による台湾周辺空域での訓練は2月以降活発化し、3月中旬以降は台湾東部の海域にも海軍艦がみられ、米軍も偵察機などによる台湾周辺の飛行頻度を増やしていて、台湾海峡における緊張はことさら高まっているようです。中国と米台間の緊張が高まる中、台湾が香港の民主運動家を受け入れれば、新たな火種となる上、中国の「香港国家安全維持法」の運用において台湾市民が座視できないことが起きたとすれば、蔡英文政権に対して明確な香港支援や対中批判を求める可能性も考えられます。実際、香港で起きていることが、既に中台関係に対する重要な一つの要因となっているようです。

本日は福田先生によるお話でしたが、大変興味深い内容でした。わが国でも香港では若者を中心としたデモのニュースについてよく目にする機会がありましたが、中国だけではなくアメリカや台湾の動きについても注視する必要があるようです。