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矯正用ワイヤーの材質の違いによる特性について
2025.07.03
歯科皆様こんにちは。
本日は「矯正用ワイヤーの材質の違いによる特性について」というテーマでお話しします。
1.18-8鋼ステンレススチール
矯正用ワイヤーとして用いられるステンレススチールワイヤーはクロム18%、ニッケル8%を含有する18-8鋼ステンレススチール合金です。クロム、ニッケルを含有することで、口腔内での耐食性を向上させることに繋がります。矯正用ワイヤーの中では一番剛性が高い、つまり弾性係数(ヤング率、ギガパスカル:GPa)が大きいワイヤーになりますので、弾性エネルギーが小さいということになります。永久変形(塑性変形)しにくいため、術者にとって屈曲や成形しにくいワイヤーと言えますが、ワイヤーへの屈曲や成形が可能なため、ループを組み込みワイヤーを長くすることで、矯正力を弱く調整することが可能となります。しかし、金属アレルギーをお持ちの方の中には、クロムやニッケルに対してアレルギー症状を起こす場合があります。
2.コバルトクロム合金
コバルトクロム合金は同一ワイヤーの中で弾性限度を自由に変えられるのが特徴です。弾性限度の低いワイヤーの方が永久変形(塑性変形)させやすい、つまり術者にとって屈曲や成形しやすい、曲げやすいワイヤーということになりますが、歯を移動に適したワイヤーは、弾性限度が高く永久変形(塑性変形)しにくい方が望ましいと言えます。このコバルトクロム合金は熱処理が可能なため、この2面性を持つワイヤーと言えます。術者は弾性限度が低く、永久変形(塑性変形)させやすい、つまり成形しやすい熱処理前の状態で屈曲し、その後、熱処理することで時効効果が得られるため、口腔内に装着したワイヤーは弾性限度が高くなり、弾性変形域が拡大され、塑性変形域が縮小され、永久変形(塑性変形)しにくい状態に変わります。また、ワイヤー同士の接合(ロウ着)や溶接ができるワイヤーでもあります。ただし、金属アレルギーをお持ちの方の中には、コバルトやクロムに対してアレルギー症状を起こす場合があります。
3.ニッケルチタン合金
図1のニッケルチタン合金の荷重‐たわみ曲線で示すとおり荷重を加えると通常の弾性でありますオーステナイト相からマルテンサイト相へと応力誘起変態が生じ、たわみに対する荷重の変化量が少なくなる超弾性を持つのが特徴です。ニッケルチタン合金の変形は一般的な金属材料の変形とは異なり、外力や温度変化により、通常の弾性でありますオーステナイト相という結晶構造からマルテンサイト相という結晶構造への変化、つまり応力誘起変態が生じることで、形状記憶力、超弾性力が生じます。
超弾性効果を持つニッケルチタン合金に外力を加えると通常の弾性を示すオーステナイト相から、応力誘起マルテンサイト相に変態し、除荷(外力を取り除くこと)により、直ちに元のオーステナイト相に戻るため、図2で示す通常の金属材料の荷重‐たわみ曲線ような永久変形(塑性変形)は起こらず、ゴムのような弾力性を備えています。この超弾性を利用することで、歯の移動に伴う矯正力の減少が少なく、一定した持続的な矯正力を発揮することができます。また、形状記憶効果を持つニッケルチタン合金は、形状回復温度よりも高温下でオーステナイト相という結晶構造に変わり、冷却すると再びマルテンサイト相という結晶構造に変化(変態)します。このマルテンサイト相は、外部からの力で簡単に変形させることができ、変形すると結晶構造は変形マルテンサイト相に変わり、加熱すると結晶構造がオーステナイト相に戻るためニッケルチタン合金の形状は元の形に戻るのです。また、図3のワイヤーの材質別弾性係数(ヤング率GPa;ギガパスカル)の比較では、ステンレススチールを1とした場合、ニッケルチタン合金は0.17と小さく、ステンレススチールに対して、剛性が低く、ワイヤーは変形しやすいため、弾性エネルギーが大きく、歯の移動に伴う矯正力の減少が少なく、歯には弱くて持続的な矯正力が発生します。
図4では荷重‐たわみ曲線 において負荷時の荷重はワイヤー装着時の変形に対する反作用の力を示しており、除荷時の荷重は、実際に歯に負荷が加わっている矯正力を示しています。負荷時と除荷時の間には、荷重の差が存在し、実際に歯に加わっている矯正力は減少するという特徴的な曲線を示しています。なお、ニッケルチタンワイヤーは屈曲や成形、またロウ着や溶接はできず、金属アレルギーをお持ちの方の中には、ニッケルに対してアレルギー症状を起こす場合があります。
4.チタンモリブデン合金
チタンモリブデン合金のワイヤーはTMAワイヤーと言われています。
図3のワイヤーの材質別弾性係数(ヤング率、弾性係数 GPa;ギガパスカル)の比較では、ステンレススチールを1とした場合、チタンモリブデン合金は0.36とステンレススチールに対して、約1/3と小さく、ニッケルチタン合金に対して、約2倍程度大きいことから、ステンレススチールより弾性エネルギーが大きいが、ニッケルチタン合金の様な超弾性は示さないため、両者の中間型的な位置付けになります。また、ニッケルチタン合金とは異なり屈曲や成形ができるのが最大の特徴ですが、ニッケルチタン合金同様、ロウ着や溶接はできないが、ニッケルを含有してないので、ニッケルアレルギーの方に対して金属アレルギーの症状を起こす心配がありません。
本日は矯正用ワイヤーの材質の違いによる特性について」というテーマで日常臨床で頻用する代表的なワイヤーの特定について理工学的な視点からお話ししました。



