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「香り」がもたらす生理作用について

2018.07.02

未指定

本日は「におい」を感知する嗅覚受容体遺伝子の発見を機に、嗅覚の研究が急速に発展しているということで、嗅覚受容体に着目した花王株式会社基礎研究セクター感性科学研究所(齊藤菜穂子 主任研究員)と大阪市立大学大学院医学研究科 渡辺恭良特任教授グループとの共同研究による「香り」がもたらす疲労抑制効果のメカニズムについてお話します。

 

五感である味覚や嗅覚は、味やにおいの化学物質を刺激として認識する化学感覚と呼ばれています。

空気中に浮遊している揮発性の低分子化合物である「においのもと」となる「におい分子」が鼻腔の最上部の嗅上皮に到達すると嗅粘膜に溶け込む訳ですが、においを感じる仕組みは「におい分子」が嗅上皮にある嗅神経細胞から出ている10本の嗅絨毛にある嗅覚受容体と結合するからだそうです。

全遺伝子の約2%を占める人の嗅覚受容体遺伝子は約400個あるそうですが、その他の哺乳類の嗅覚受容体遺伝子はアフリカゾウで約2000個、ラットで約1200個、犬で約800個だそうです。

「におい分子」が嗅覚受容体と結合するとその化学信号が活動電位という電気信号に変換され、その信号は脳内の嗅球糸球体に集められ、嗅皮質に伝わり、最終的に脳の眼科前頭皮質に到達して「におい」を識別するのだそうです。

人の場合、約400種類ある受容体において、1つの「におい分子」が複数の受容体と結合し、一つの受容体が複数の「におい分子」と結合することから、その組み合わせにより、数十万種類もの「におい」を嗅ぎ分けることができるということだそうです。(図1)


※ 図1では、「におい分子Ⅰ」が「嗅覚受容体AとB」に結合し、「嗅覚受容体A」には「におい分子ⅠとⅡ」が結合するという「におい分子と嗅覚受容体の関係」を示しています


また、同一種類の嗅覚受容体における「におい分子」の信号は脳内の特定の嗅球糸球体に集まるため、信号どうしで混信することなく、嗅皮質には正確に伝わり、最終的に脳の眼科皮質に到達し特定の「におい」を識別できるのだそうです。(図2)


※ 図2では、活性化した嗅覚受容体の種類に応じて、「におい分子」の信号が嗅覚に集められ、例えば「黄色の嗅神経細胞は同一の嗅覚受容体を発現し、そこからの信号はすべて「黄色の嗅覚糸球体」に集約され、嗅皮質に伝わり、最終的に脳の眼科皮質に到達し特定の「におい」を識別するという「においを感じる仕組み」を示しています。


なお、1991年発表の「嗅覚受容体遺伝子の発見」が2004年ノーベル生理学・医学賞を受賞したのを機に、嗅覚のメカニズムが脚光を浴び、それ以降、全容解明に向けて「におい分子」の信号が脳のどこに、どのように伝わるのかなどについて、分子生物学的な手法を取り入れた研究が盛んに行われています。

花王は基盤技術研究として嗅覚受容体の遺伝子ライブラリーを作成し、同社 齋藤菜穂子 研究員はこれを用いた「香り」の特定するために、人の嗅覚受容体を持った培養細胞を用いて、嗅覚受容体が活性化することで、増加する細胞内の情報伝達物質を測定し、約400種類のどの受容体に「香り」が応答するのか調査を行いました。

 

「香り」の中には生理作用をもたらすものがあり、そのメカニズムとして「鼻から脳へ」の経路の他、嗅覚を使わない「肺から血液」への経路もあるようです。

花王は大阪市立大学大学院と共同で「香り」による抗疲労作用のメカニズムの一端を明らかにしました。


その抗疲労作用についての研究報告では、草むらを歩いた時の香りに似ている青葉アルコールと青葉アルデヒドの混合物である「グリーン香」は、「8種類の嗅覚受容体を活性化する香り」で、グレープフルーツ精油は「8種類の嗅覚受容体を活性化する香り」で、この2つの香りが共通して活性化する嗅覚受容体は6種類あったという結果が出ています。

さらに、4つの香料の混合物の頭文字を示す「MCMP」は、上記2つの香りに共通する6種類の嗅覚受容体を含む「10種類の嗅覚受容体を活性化する香り」であり、グリーン系でも、シトラス系でもないフローラル系の香りで「ハチミツを連想させる甘い花の香り」となったということです。(図3、表)


※ 図3ではグリーン香(Hex-Hex Mix)、グレープフルーツ精油、「メチルイソオイゲノール」、「l-カルボン」、「メチルβナフチルケトン」、「フェニルアセセチルアステート」の4種類の混合物であるMCMP、それぞれの嗅覚受容体を示しています。



さらに、MCMPによる疲労負荷前後のパフォーマンスの変化を評価したパフォーマンス試験により、抗疲労作用についての調査を行いました。

評価方法として健常男性を対象にMCMP、グリーン香のそれぞれのアロマディフーザーを用いた「香りあり」「香りなし」の状況下で、疲労前と疲労負荷として40分のパソコン作業を行った上で、作業能率評価という試験による正答率(%)を調べたところ、MCMPにおいて、「香りあり」では正答率の低下は認められず、「香なし」群では疲労負荷後、低下したことから、「香りあり」では疲労抑制効果が認められたという結果になりました。(図4)

 今回、抗疲労作用に関わる可能性がある嗅覚受容体を特定した上で、人を対象にした疲労抑制効果についての効果検証を行ったが、疲労抑制には6つの嗅覚受容体すべてが活性する必要があるかどうかという疑問に対して、齋藤菜穂子 研究員は「今後は一つひとつの嗅覚受容体の活性を制御することにより、6つの嗅覚受容体それぞれの疲労抑制作用の重要度を検証する必要があります。」というコメントをされています。


また「におい」の感じ方には個人差があり、遺伝子レベルで相違があることが判明していて、リラックス効果の定番である「ラベンダーの香り」が、苦手という方もいますので、「嗅覚を通してリラックス効果をもたらすラベンダーの香りを活性化する嗅覚受容体を特定すれば、全く異なるタイプの香りを見つけることも可能です。今後は、においによる脳への作用が明確になれば、香りの応用範囲がもっと広がると思います。」ということでした。

 

今回は、「香り」がもたらす生理作用について、花王株式会社 齋藤菜穂子 主任研究員の大変興味深いお話でした。

 

 

 

 

 


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